人生の勝ち負けについて。~「恐れない技術」を読んで~

作業法・思考


こんばんは。
ピクセルアニメクリエイターのおかか容疑者でございます。


「賭け麻雀(マージャン)」ってあるじゃないですか。
仲間内でちょっとお金やご飯などを賭けて麻雀をやったという方もそれなりにいるのでしょう。
ワタシはちょっとだけ麻雀やってみて役が覚えられず断念しておりますが。


漫画とかで賭け麻雀が出てくると、ワルな人が集まって大金だったりモノを賭けたり、互いの心理を探り合うような緊張感漂うシーンとして印象に残りやすいんじゃないかなと思います。
正直こういうのってほぼフィクションなんじゃないかなー、と個人的には思ってしまうわけですが。


そういう世界で本当に生きてきた人がいるんですよね……。


負けたら人生が狂うどころか命も危ない、本物の勝負師。
そんな方が本を出版もされているとのことで。とても興味を惹かれましたので読ませていただきました。





というわけで本日は、「恐れない技術」(桜井 章一)について語らせていただきましょう。





全体の感想

著者の桜井章一さんは麻雀の鬼、「雀鬼」と呼ばれている御方。
現在は雀荘を経営して麻雀の道場を開き、いろんな道場生とともに楽しく過ごされているとのことです。
しかし昔は裏社会で大金のかかった勝負をし続けており、当時はどう感じていたか、などのお話もこの本でたびたび書かれております。


そんな「雀鬼」による「恐れないための秘訣」のあれこれが記されている本です。
「はじめに」の部分から、「背中から日本刀を突き付けられたり、土の中に生き埋めにされそうになった」などという話が出てきて、あまりにも現実味がなさすぎて笑いがこみ上げてきます。
ここからわかる通り、ぶっ飛んだ人生を送っている方ですね。お話を読む限り子供の頃からこんな感じの生き方のようです。
なので馬鹿正直に受けとると大変なことにもなりそうですが、真剣勝負に生きてきた男の哲学はとても力強い。ここは間違いありません。

「好調なのはたまたま。不調こそ我が人生」
「嫌々やらされて失敗したら他人のせいにする生き方はしない方がいい」
といったあたりのお話はとても賛同しますし、背中を押してもらえる感じがします!


また、話の端々から「この方は子供が本当に好きなのだな」という事も垣間見えます。
教育や塾、孫の話などは親としてどう考えるべきなのか、一つの指針としてよいのではないかと。
そしてご自身の道場の話などを見ても「人情味溢れる人なのだろうな」ということがわかります。
裏社会で生きてきた、というとどうしても人間離れしたような人を想像してしまいますが、逆にとても人間らしい人なのだな、と感じました。


この本自体が2012年3月発売とのことでそれなりに古いこともあり、現代の価値観ですと少々受け入れづらい部分もあるかもしれません。(もちろんこういうのは個人の価値観にも大きく左右されるのですが。)

例えばいわゆる家父長制に関して語られている部分がございます。
ワタシは家族内関係は極力フラットな方がいいなぁと考えるタイプですのであまり良い印象のない制度なのですが、著者は「家庭内で父親が尊重されるからこそ、それが自信となって、大黒柱として動じない男になったのではないか」という意見を述べております。
確かにそういう面もあるのだろうなと。こういった歳の離れている方の意見を素直に聞ける場というのもなかなか存在しないんですよね。


もちろん生き様の面も含めてですが、いろんな意味で異なる価値観を知るという点でも良い本ではないかなと。



 

注目ポイント

それでは注目ポイント。
「第5章 負けなければ、何も恐くない」より引用いたします。


君には、ぜひ、「人生は勝ち負けではない」ということをわかってほしい。そして、そこにある幸せをしみじみと感じてほしい。そうすれば、仕事も家庭も、それこそ不安がることなく楽しく生きていけるようになるだろう。
君の人生も勝つよりも、負けないことを目指せばいい。そう考えられれば、君は人生にまるで「恐れる」ことなどなくなるはずだ。

恐れない技術(桜井 章一)

「勝ち組」「負け組」という言葉が日本で流行していることに対する著者のお話です。


そもそもの話ですが、「勝ち負け」というのは比較することで発生するものですよね。
つまり、比較できないもので勝ち負けをつけようというのはナンセンスなわけです。


ワタシも長いこと対戦型ゲームの世界に浸っていたのですが、得てして「いい試合だったな」と思うのはお互いに全力で戦い合って接戦になったときだと思い返しております。
もちろん勝てれば嬉しいのですが、そこで負けても「悔しいけど、楽しかった」という感情になるんですよね。
逆に言えば試合には勝てても何か悶々とする試合というのもありました。


ゲームには「勝つための条件」が明確に存在しています。
なのでそれを目指すのは当然なのですが、それだけを追うのが正しいのか?ということは自分なりに考えてみた方がよいなと感じます。
勝負をする上では相手が存在しています。個人的には、その相手と共に素敵な舞台を作り上げられればそれで充分楽しいのではないか。
綺麗事だとは思いますし毎回こういう気持ちではいられません。なのですが、こういう気持ちがどこかにあるんですよね。
著者も「お互いに勝負の後に喜び合えるのが真の勝負」だと書かれており、「勝ったか、負けたか」だけで測るのは、何というかあまり健全ではない気がします。





コチラ、前にXで見たポストです。
多くのいいねを得ており、共感されている意見だと言えますね。


確かに、一般的に「幸せ」と言われている要素だけ見たらそうかもしれません。
「家庭」「社会的な地位」「お金」などですね。
しかし、これらはあくまで「この尺度で測ったら」というだけの話。


例えば、この方はゲーム開発者のようですので「ゲーム開発に対する知識」だったり、あるいは「個人的についているファンの数」だったり。
他の要素から見たらこの人の方が「勝っている」部分もたくさんあります。
それらを無視して「この部分では勝っているから俺の勝ち」などというのは、あまりにもおかしなことだと思いませんか?


人生においてのミッションって人それぞれ違うんですよね。
この「勝ち組」「負け組」という言葉自体がナンセンスなのは今お話しした通りなのですが、強いて言うならば、「自分のしたいことに向かって生きていれば勝ち組」なのかなと思います。
それはすなわち、「自分なりの幸せ」を得ていることに他ならないのですから。




「固定給」とは、先の「法人」が「社員」を「固定」するための金のことなのだ。わかりやすく言えば、「私の言う通りにしなさいよ」と人を縛りつけるための金なのだ。
ということは、「法人」が右にぶれれば、君も右にぶれなければならない。「法人」が「カラスは白い」と言ったら、「白いですね」と言わなければならないために、「法人」は固定給を君に支払っていると考えたらわかりやすいかもしれない。

恐れない技術(桜井 章一)

余談になりますが、「固定給」に関する著者の意見も面白かったので引用させていただきます。
サラリーマン経験があれば苦笑しつつ頷くほかないなぁ…と思えます。


会社も「法人」、実体はないですが人として何かしらのミッションを持っているはずです。
その理念を通す「ブレない会社」に自分が共感して入れればいいのですが、その都度考えがブレまくる会社に入って自分の意見を曲げざるを得なくなるのはやはり辛いでしょう。

就職の際、仕事選びにおいて給与というのは大きな目安になりますが、できることなら経営理念と自分の理想の生き方がマッチする会社に入りたいものですね。




まとめ

今回は「恐れない技術」についてお話しいたしました。

「雀鬼」の厳しさと優しさの詰まった一冊だと思います。
桜井さんのように生きるのはなかなか難しいものだと思いますが、世の中にはこうやって生きてきた人が実際にいるのだ、と知っておくことは今後の人生の参考としてとても良いのではないかなと。
「恐れ」に対しての強さを得る、というよりは考え方を変える面が大きいなと感じましたので、ご興味があればご一読してみて下さい。





さて…そろそろお時間です。
またのご面会、心よりお待ちしております。

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